1920年代後半に世界を襲った大恐慌の影響を受けベントレーモーターズは経営不振に陥りネイピアと合併交渉が進んでいたが、ライバルであるネイピアとベントレーの合併を恐れたロールス・ロイスが偽名を使い買収、1931年に吸収合併された。
その後W.Oは1935年にラゴンダに移籍しルマンで再び勝利したが、アストンマーチンのディビッド・ブラウンがW.O.を欲したためにラゴンダごと買収され、W.OはDBシリーズの直列6気筒エンジンを設計した。1971年に死去。
W.O.がいなくなった後のベントレーは、ロールス・ロイスのモデルとのバッジエンジニング化が進み、第二次世界大戦後にかけてロールス・ロイスのオーナーカー版としてベントレーは姉妹車化される。
しかし、オーナーカー用のスポーティーモデルとしてその性格はロールス・ロイスと完全に分けられ、特に1980年代以降はターボエンジンを採用したターボRなど、スポーティーな方向に振った個性的モデルを出し好評を博した。
2007年3月26日 (月) 22:08。
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